『一発屋芸人列伝』は、畢竟、ジャーナリズムだった

一発屋芸人同士による、軽く読み進められる対談集……なのかと思いきや、かなりハードコアなノンフィクション。編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞した一発屋芸人列伝は、軽妙な語り口の短編集ながら、ずっしりと読み応えのある作品でした。

山田ルイ53世氏と同じ時・同じ空気を共有した芸人の “ブレイクその後” の生き様を、ルポルタージュのように描く10のエピソード。猛烈なスピードで、非人間的に消費され、消耗していく狂騒に満ちた日々と、一時のブームが過ぎ去った後に続く、物悲しくも人間味に満ちた日々。ある種の社会的病理に翻弄される若者、その向こうに微かに見える光……往年のアメリカンニューシネマでも観ているかのような感動を覚えました。

一発屋芸人と呼ばれているからには、ブームが過ぎ去ってしまった芸人であり、テレビなどのメディアから昨今遠ざかり気味ではあるんでしょう。しかし、本書で綴られる彼らの近況は、決して悲壮感ばかりが漂うものではありません。ヒキコモリ漂流記から引き続き、本書でもそこかしこで発揮される山田ルイ53世節ーー軽妙な言い回し、独特な言語感覚、ニヤリとさせられる比喩ーーによって、彼らの近日談がユーモラスに、そして、人間味たっぷりに描かれています。

ところで気になった点として、この一発屋芸人列伝、僕にとっては、やや漢字や単語が難解に感じられました。ルビを振っていただけるとありがたいなぁと思われる漢字や単語でも、ルビが振られる頻度が少なく、また言葉づかいも比較的難解な印象です。新潮45という月刊誌が、中高年をターゲットにしているということがあるのかもしれません。あるいは、一発屋芸人列伝においては、ヒキコモリ漂流記とはまた違った読者層を意識しようという、戦略的な思いがあるのかもしれません。

最近では、コミックスでもないのに総ルビ仕様の書籍があったりするように、全般に書籍が読みやすすぎるか、あるいは、親切すぎるように感じていたので、こういう、字面に重量感がある書籍を読むのも、一種の問題提起的で、なかなかいい読書体験になると感じました。

もっとも、漢字が表意文字たるゆえんか、漢字の読み方や意味を知らなくても文意は充分理解できますので、読書に差し支えはしないと思います。

最近配信された山田ルイ53世氏のルネラジでも、推敲の経過が語られていました。想定する読者層に対して “届く語彙” を探ろうとする山田ルイ53世氏の姿勢は、言葉を操る芸・職に生きる人として、大変真摯であり、しかも、キャッチーでもあります。一発屋芸人という認識で看過してしまうと、せっかくの良書籍を読み逃してしまう……これからもルネラジを聞き逃せないな! そんな風に感じた一冊でした。